2011年04月12日

ドイツ修行体験記 No5

ケルンはリング状の環状道路が町の中心を囲い、ケルナードームと呼ばれる教会を中心に町が出来上がっています。私の初めて通った語学学校はケルンの北に位置しリングの環状線沿いにありました。宿泊所からは歩いて15分位の所です。
 初めての学校というものは,年を重ねたオヤジでも緊張するものです。しかも、海外となると,誰とどのようにコンタクトを取ったらいいのか知らされていなかったので、すごい緊張感でした。
 入り口からドイツ人以外の外国人がたくさんいて、恐る恐る中へ進んでいきました。その日は月初めのカリキュラムが組まれていたが,初めての者には英語の告知で2階の視聴覚室にてテストをするとありました
 テスト会場にはなんと日本人がいて、渡りの船という所で色々と教えてもらえました。感謝の気持ちでした。テスト結果は超初心者クラスに決定。その日のうちに、ある部屋に召集されました。メンバーは、スペイン人(大学教授)、日本人(女性)、そして私の3人でした。先生は20代の女性。スペイン人の教授は英語がとても堪能で、先生とのコミュニケーションは問題なかったのですが、日本人の2人は大変なことになっていました。英語で説明されても意味が分からないことだらけ、先生を大いに困らせていました。ドイツ語を勉強する前に英語を理解しなくてはいけないという、わけの分からない状態が2週間ほど続いきました。
 その間、ドイツ語の授業内容はアルファベットの発音と猫や家といった単語の勉強でした。
 その2週間は、ケルン街中に出ることがとても怖かったでし。もっぱら、宿泊所と学校の往復のみの生活でした。
…つづく。
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ドイツ修行体験記 No4

フランクフルト空港を出て、1泊目のホテルに向かいました。日本で調べておいた情報では、宿泊予定のホテルの車が空港到着出口で待っていてくれるはずでした。が、どこを捜しても見当たりません。空港ロビーをうろつくうちにインフォメーションカウンターがあり、そこで片言の英語で聞くと、親切にも迎えの車が到着するはずの場所まで案内してくれました。こういうのはとてもうれしい出来事です。その場所には電話があり、電話をして呼ぶシステムになっていました。ドキドキしながら電話をし、何とかホテルへたどり着けたのでした。すでに、夜9時を過ぎていました。
 翌朝は、ビュッフェスタイルの朝食をとり、早々にタクシーで駅まで行き、ケルンに向かいました。ケルンは、CDG(カール デュイスベルク 協会)の本部があるところで、語学学校がある場所でもあります。
 CDGは、日本の職業人を受入れてくれる機関で、日本CDGを通し、研修先(ブロート屋Jenne)のいろいろな手続きの依頼と語学学校の申込みを済んでいました。。
 ケルンに着くと、また、タクシーに乗り込み、2ヶ月間宿泊でお世話になるコルピンハウスに向かいました。ちなみに、タクシーは全てベンツでした。
 コルピンハウスは、一般の宿泊者も泊れる研修所といったところで、自炊も出来、1人1部屋でしたが、共同トイレ、共同シャワーでした。
 次回からいよいよドイツの語学学校について。
…つづく。
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ドイツ修行体験記 No3

パン工房 「風土」の廃業の手続きは、諸機関へ種類の提出は当然のことながら、お客さんへの挨拶回りを時間の許す限り行いました。ドイツへの渡航費用は、オーブン、ミキサー、ホイロ、作業台、シンクなどパン屋の設備を一式売りに出し、配達に使っていた自動車も売りに出して工面しました。その他、最低限の荷物の選別、ドイツ語学習の準備など慌ただしいうちに渡航の日が近づき出発の時を迎えたのです。結局、ドイツ語の学習は日本ではできず、準備できたのは資料集めのみでした。
 今回私が取得した研修ビザでは、夫婦で入国することができないため、妻は、かねてからの希望であったイギリスでの語学留学をすることとなり、私ひとりドイツに向かうことになりました。ドイツでの最初の難関は入国審査でした。当然のことだが、やはりドイツ語で質問してきました。入国直前の機内で、にわかじこみで受答えの方法を頭にたたき込んだのですが、緊張のためすべて忘れてしまい,審査官に別室に呼ばれることとなってしまいます。パスポートは没収され、重い大きな荷物とともに1時間ほど待たされるはめに…。あれこれと質問攻めにされたあげく、受け入れ先にまで電話で確認をとられる始末。やっとの思いで入国を許可された,フランクフルト空港の出来事でした。…つづく。
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